『英語ベストセラー本の研究』(晴山陽一・幻冬舎新書)

日本人が英語をつかえないことは世界的にも有名であり、

また、それにもかかわらず、なのか、

だからこそ、なのか、

英語学習ずきも日本人の特徴として

あげられる。

本屋さんにはたくさんの英語の学習本がうられているし、

新聞にも、「画期的なメソッド」をうたった教材がたびたび紹介される。

しかし、まだ決定的なものは登場していないようで、

戦後のベストセラーの歴史は、

そのまま英語学習本のベストセラーの歴史でもあるのだそうだ。

この本は、それらの本がなぜそんなによまれたのか、

の理由をさぐることと、

それらを参考にして「究極の英語学習法」を

さぐることを目的としてかかれている。


大学までをふくめると、10年かけても英語がつかえるようにならないのは、

よほど基本的な教育方針がまちがっているのかとおもっていたら、

じっさいはそうではない。

この本によると、

戦後すぐの1947年に発表された『指導要領』では

「英語教育の目標について立派な模範解答が示されており」、

「以後の英語教育の迷走ぶりは、

この模範解答に対し、まるで駄々っ子のように、

逡巡し抵抗を繰り返してきた歴史」

というのが作者のかんがえである。

英語の授業時間はへらされる一方だし、

1学級の生徒数も、理想とする30人未満学級は

ほとんどの学校で実現されていない。


本書は1940年代、50年代と、

10年きざみに7つの時期を設定し、

それぞれの時期によくうれた本の特徴を整理し、

なぜそれがおおくのひとをひきつけたのかをかんがえる。

名著とよぶにふさわしい本については

とくにくわしくその特徴を解説されているので、

英語学習をはなれ、よみものとしてでもひらいてみたくなる。

結論としていえることは

「楽に、短時間に英語をマスターする方法」などなく、

愚直に反復をくりかえすしかない、ということだ。

あたりまえといえばあたりまえだけど、

おおくの英語学習本をよんできた著者にこういわれるとあきらめがつく。

ただ、すぐれた本が提案する学習法にはいくつかの共通点があるそうだ。

まず、音読に効果があるのことをおおくのひとがみとめている。

そして、おおむね1000時間の勉強を継続しておこなうこと。

つまり、「みんなが英語ができるようにならないのは、

『あれこれ目移りすること + 継続しないこと』が原因」である。


これらの点から著者がかんがえる「究極の英語学習法」として、

音読 + 英語で考える

を提案している。

「英語で考える」とは、

たとえば英語で九九をいうことである。

1の段は、

1 times 1 is 1.

1 times 2 is 2.

1 times 3 is 3.

  ・

  ・

  ・

となる。


さいごに著者は個性的に勉強することをすすめている。

自分にあった学習法をみつけたほうが、

たのしんで勉強できるのでそれだけのびるからだ。

気にいった本をとことん音読してもいいし、

すきな映画を何十回みてもいい、ということだから

だれでもなにかとりかかる対象がありそうだ。

そういうわたしの英語は、

なんとか旅行はできるけど、

こまかな表現になるとまったくお手あげというレベルだ。

この本にあげられた学習本を参考に、

そして著者の提案する「英語で考える」をとりいれて、

リタイア後の生活のたのしみとしたい。

(吉田 淳)