『幻獣ムベンベを追え』(高野秀行・集英社)

 コンゴ(旧コンゴ民共和国)のテレ湖にすむという

 なぞの怪獣モケーレ=ムベンベをさがにでかける探検隊、

 というといかにもいかがわしい。

 でもすてきな本だった。

 

 『幻獣ムベンベを追え』というタイトルからは、

 おもしろ半分というか、かるいノリというか、

 真剣味はあまりかんじられない。

 いまどき(実施されたのは1987年)ネッシーみたいなものを

 本気でさがすひとなんているわけないし(いたのだ)、

 いたとしたらかなりいかれた人物とおもってしまう。

 著者の高野秀行さんは、

 当時早稲田大学の探検部に所属する2年生で、

 ちょっとしたいきがかりからムベンベの存在をしる。

 なぜムベンベなのかはよくわからないけど、

 どうしてもその存在をたしかめたくなったそうだ。

 「子供のころからあこがれていた怪獣探検」

 というのがいちばんの動機といえる。

 探検のノウハウをしってるだけに、

 うごきはじめるとやることがはやい。

 探検部の仲間たちをまきこみ、企画書をおこし、

 ひとり70万円の費用を準備する。

 企業をまわって資材の協力も依頼した。

 コンゴ公用語がフランス語ということで、

 フランス語の勉強にとりくみ、

 さらに現地の共通語であるリンガラ語も

 日本にいるザイール人からならう。

 コンゴ政府との交渉や現地への予備調査をかね、

 第一次遠征隊もおくりだしている。

 やることすべてが正攻法の探検であり、

 すぐれた交渉力とねばりづよい精神力によって

 この探検は実行された。

 

 現地では仲間のおおくがマラリアをわずらい、

 食料不足になやまされ、

 虫だらけで水びたしという劣悪なキャンプの環境にくるしめられる。

 それでも24時間体制での単調きわまりない観測の手をゆるめない。

 なにせムベンベを「発見」することが目的の探検だから、

 できることといったらただ「まつ」ことがほとんどすべてであり、

 だからこそよけいにくるしいキャンプともいえる。

  

 33日にわたる24時間の監視のかいなく、

 けっきょく探検隊はムベンベをみつけることはできなかった。

 しかし、この探検は参加したおおくの若者につよい影響をあたえ、

 それぞれがその後個性的な人生をあゆんでいくことになる。

 あるものはジャーナリストに、

 あるものは環境NGOのメンバーに。

 探検によってきたえらるという、

 すぐれた探検ならではの教育力が

 ムベンベをめぐる探検にはあったのだ。

 著者の高野さんはその後もUMA(未確認巨大生物)をおいもとめ、

 「辺境専門のライター」としての道をすすんでゆく。

 ムベンベにつづく高野さんのUMAものがたのしみだ。

 

 よみおわると、興奮してしばらくなにも手につかなかった。

 いまはもちろん、わかいころのわたしでもとてもできない

 情熱にあふれた実行力がとてもすがすがしい。

 まるで自分が探検に参加してるみたいに興奮する。

 若者ならではの探検記であり、

 すぐれた青春記といってもよいだろう。

 老後の生活の心配や、

 うけとる年金の額なんかを気にして

 いじましく生きてる場合じゃないことをおもいしらされた。

 こんなわたしでも、まだできることはあるだろう。

 もうそうながくないのこりの人生を、

 できるだけ血をさわがせて生きていこう。

 (吉田 淳)