きれいごと

「きれいごとだけでは、利用者の命は守れない」

専門学生時代に行った実習先の、ある看護師さんに言われた言葉です。

ある日の夕食時のこと、実習生が食事介助をしていた一人の利用者さん(Aさん)の食事が、なかなかすすみませんでした。

Aさんは自助具があれば自力で食事が摂取できる方です。

色々な声掛けをしたり、口元まで食事を運んでみても変化がありません。

介護職員さんと交代してみましたが、口は開きません。

「今日は食べられないな」と誰もが思っていると、ベテラン看護師さんがやってきて

「自分がやるから見てろ」と言わんばかりにAさんの食事介助に入りました。

看護師さんはスプーンを使って強引にAさんの口を開け、食事を入れていきます。

Aさんの意思とは関係なく、次々と食事は口の中に運ばれ、とうとうAさんは完食しました。

その光景を見た二人の実習生は「あんな強引な介助をしても良いんですか?」と実習指導者さんに尋ねました。

後日、食事介助をした看護師さんが「きれいごとだけでは、利用者の命は守れないんだ。

実際にきっかけを作れば完食できたよね。業務をこなさなければ他の利用者にも迷惑がかかる」と言いました。

実習生という立場上、言い返すことができず、当時の振り返りに「業務を滞りなくこなしたうえで、

『きれいごと』ができるように考えて実践すれば良い」と書いた記憶があります。

今考えてみても、確かに動くためのきっかけを作ることは必要とは思いますが、

強引すぎるやり方には疑問がありますし、何よりもAさんは自力で食事ができるのに、

業務が遅れているからと自力摂取の機会を奪ってしまったことは残念でなりません。


現在働いているこだまでは『きれいごと』が実践できます。

利用者さんが食べないからといって、強引に食べさせるようなことはしません。

「そのうち食べれるようになるよ」「長いスパンで考えよう」

といった先輩のこえに後押しされて、自信をもって支援に臨めます。

『待つ支援』ができるって幸せだなぁと、

つくづく感じながらも「明日も食べてくれると嬉しいなぁ」と思う火曜日の夜でした。

以上、人生二度目のブログを書き、いまいち文章がまとまらない八壁でした。