憎悪と憧憬「ディナモ・フットボール」(宇都宮鉄壱・みすず書房)

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ディナモとはなにか。

ソヴィエト・ロシアの衛星国家では、

内務省や秘密警察にちかいフットボールクラブとして

ディナモ」(ダイナモ・発電機)をなのるチームがあいついで誕生している。

ディナモ・キエフディナモ・トビリシディナモ・ベルリン、

ディナモ・ブカレスト、そして、ディモナ・ザグレブ・・・・。

それらはいずれも、旧体制下においては内務省

秘密警察がサポートするクラブであり、

さらにいえば『権力』の象徴であった」


冷戦が終結すると、ほとんどの「ディナモ」がチーム名をかえている。

しかし、紆余曲折を経ながら、

最終的にはまた「ディナモ」の名をとりもどすこととなる。

かって権力の象徴であったクラブへの憎悪。そして憧憬。

この二律背反の感情を抱かせる装置が「ディナモ」だった。


この本で宇都宮さんは、ロシアや東欧にある

さまざまな「ディナモ」のつくクラブチームをおいもとめる。

共産主義国家で生まれた「ディナモ」の全盛期と、

そしてその後にたどる歴史的な運命について。

よんでいて、たしかにおもしろく、

興味ぶかい内容にみちている。

しかし、それにしても、

いったいだれがこんな本をよむのだろうと

おもわずにはおれない。

表紙はいかにも鉄のカーテンのむこう側というかんじの、

さむざむとしたキエフの競技場。

帯には

「ポスト冷戦時代を生きる、かっての名門クラブの物語」とある。

とてもおおくのひとの関心をあつめることはなさそうだ。

わたしはとにかく宇都宮さんのかかれた本ならなんでもよかったので

アマゾンでこの本をもとめた。

しかし、書店でこの本を手にとり、ぺらぺらっとめくってみて、

しかるのちにレジまでもっていくとなると、

そうとう趣味的な世界にはいりこんだひとだろう。


ディナモ・トリビシのホームゲームを観戦した宇都宮さんはこうのべている。

「スタジアムは、キックオフ1時間前になっても静まり返っていた。

もしやゲームの開催日を間違えたのではないかと、

一瞬あらぬ疑念が脳裏をよぎる。

(中略)

よくよくスタンドを見れば、

ぽつりぽつりと豆粒のように観客の姿が見える。

数にして3百人くらいだろうか。

7万5000人収容のスタジアムで観客が3百といういのは、

何とも寂しい限りだ。(中略)

ふと、今日9月17日が、シドニー五輪

日本ースロヴァキア戦が行われる日であったことを思い出す。

果たして、何故私は、誰ひとり顧みるはずもない

辺境のスタジアムにいるのだろうー

己の天邪鬼な性格には、

今さらながら溜息が出そうだ」

  

  

宇都宮さんは自分のユニークさをひけらかしたりはしない。

「今さらながら溜息が出そう」な自分の性格をもてあましながら、

メジャーにはなりそうもない部分についての

フットボールの魅力を読者につたえてくれる。

これまでにだされた4冊の本はすべて

代表やJリーグを直接とりあげたものではない。

しかしどれもがフットボールのおもしろさを

さまざまな角度からあらわしている。

地味ながら興味にみちた宇都宮さんの仕事に

ふかく感謝している。

(吉田 淳)