ユーモア

『ユーモア』


ユーモアに関係する概念としては、

具体的な小話であるジョーク、単純な言葉遊びである駄洒落

より複雑で知的な言葉遊び、冗談、法螺(ほら)などがあります。

また、人間同士のコミュニケーションにおいて

会話を弾ませるため潤滑剤として用いられる事もあります。


僕のイメージとしては

歴史上の偉大な人物が国益を左右する重要な交渉の場において

局面を打開する時に使用される威力抜群の最終兵器

といったところでしょうか。


かの米国の第34代大統領 ドワイド・D・アイゼンハワーもこう述べています。

ユーモアのセンスはリーダーシップに必要なものであり、
処世術であり、物事を上手く運ばせる方法である。

と・・・・・。


それでは僕の一番印象に残った世界を舞台にした交渉時での

最大の危機を救った『ユーモア』を紹介したいと思います。


【不可能と言われていた日中国交正常化成立を可能にした田中角栄元首相の言葉(ユーモア)】

昭和47年9月25日、日中国交正常化を締結するための交渉時の話です。

当時の首相田中角栄

「近い将来、13億人という世界で一番巨大な国である中国は

 あらゆる面で巨大なマーケットとなり

日本にとって必ず必要不可欠な友好国となるだろう。」

と予測しその関係改善を目指していました。

そして外務大臣大平正芳他の日本代表団を引き連れ

周恩来首相、姫鵬飛外相他中国代表団が待ち構えている中国へ向かい、交渉のテーブルにつきました。


第一回目の日中首脳会談時から中国側の日本の中国侵略における損害についての発言が強まり、また、田中首相の『ご迷惑発言』により交渉前の両国間の親和ムードが一遍します。

それにより日中国交正常化の成立が一時危ぶまれる事態に陥りそうになりました。


あくる日の26日。第2回目の日中首脳会談が』開催されます。

そこで出た田中首相のユーモア発言がこの難局を一瞬にして打破したのです。

お互いに「侵略したではありませんか!」発言で険悪になっていたムードを

1200年代の元寇襲来の話題で応戦し、相手方の笑いを引き出したのです。

これぞ、『ユーモア!』

ユーモアで田中首相は強敵中国の強行な態度を軟化させ

何とか最悪の事態を防ぐ事が出来ました。


そして第3日目。

その日の交渉の場でも田中首相の言葉(ユーモア)が最悪の事態を救いました。

田中首相:「太平洋戦争の時、私も二等兵で、満州にいた。私の鉄砲が、どっちに向いていたか

      はわかるでしょう。」

周首相 :「・・・・・・・。」

田中首相:「私の鉄砲は、中国ではなく、ソ連に向いておったんですよ。」

すると、一同は爆笑の渦に包まれました。

このユーモアたっぷりの田中発言により両国間の警戒心と不快感が消え

一気に日中国交正常化を実現させたのであります。


僕はこの話を知った時、魂が震えるくらいに感動しました。

現在、経済大国となった中国との経済取引ができている日本は

この時の田中角栄元首相の二つの言葉(ユーモア)に救われたのです。


これからも度々訪れるであろう極難に対しても

ユーモアで乗り切られるような器の大きい人間になりたいな。

                  怪人 なべちゃんでした。

次はこだまブルー田崎です。