老後と介護

『上野先生、勝手に死なれちゃ困ります』(上野千鶴子 古市憲寿著 光文社新書)を今読んでいます。ちょうど半分くらいになったところで、感想を。


上野先生とは『おひとりさまの老後』というベストセラーを出した、元東大教授の社会学者です。その教え子である古市氏は、26歳。

40歳以上という、世代がまったく違う二人が共通する社会学を通じ、親の老後、そして介護のことについて、話をすすめていきます。

とても驚いたのが、現在20代である古市氏の考え方。

すでに30歳の半ばをすぎた私とも共通する感覚がないことに驚かされました。

古市氏は「親の死が想像できない」そうなのです。

先に親が死ぬより、そのこどもが死ぬほうがいいと考えていたりする。

そのことに驚きました。

親が死ぬということに、まったく心構えがない(もちろんそのための準備も)

そこで、どうしたらよいかということを上野氏にたずねていくのです。

なぜそのような不安につながるのか、ということを、時代背景や、家族の概念、親子のあり方などを掘り下げて、分節的に考えていくと、

古市氏のような20台の子供たちが、親の死に直面することへの不安の全体像が分かってきました。

ちょうど古市氏の親の世代は団塊世代

その団塊世代の親が何をしてきて、どんな考え方にいるのか、その子供たちをどう育てたか?ということが、

その親の老後、介護の問題や不安にとても結びついてくのです。


まったく古市氏のような考えにない自分がいたけど、

自分の中にも、親の老後、介護について真剣に考えたことがないことは共通していました。

上野氏は、親にきちんと「老後はどうしたいか?」ということを聞く必要性があることを説いていました。

できるだけ具体的につめていく必要があると。そのヒントがたくさんかいてありました。

親とは(特に父とは)あまり会話をしないほうです。

折り入って話をするよりも、何気ない日常で

「最近、体が思うようにうごかん」とか「物忘れがおおいわ、そろそろかしら」なんて言葉が出てきたときに、まずは聞いてみてみるとよいと書いてありました。

そうやって親と子は、

親は育てる立場から、介護される側へ

子は育てられる立場から、介護する側へと変わっていくのだと。


さすがに古市氏(の世代)のように

「親より先に死にたい」なんてまったく思わないけど

「嫁や子供が死ぬこと」だけはまったく想像がつきません。

考えたくもない。

そんな話をつい先日、同級生の友人と話をしていました。

だって古市氏が親にパラサイトしているように

私は嫁にパラサイトしているのだということも気づかされました。

ひとりでは何もできなくなりはじめている 川上