真の冒険旅行『奥アジア冒険5600キロ』(心交社)

2人のイギリス人青年が、

バングラディッシュからウルムチまでの5600キロを

自転車ではしりぬける。

そのあいだにはもちろんヒマラヤ山脈があり

チベット高原がありタクラマカン砂漠がある。

めざすのは地理的な地球の「へそ」だ。

あらゆる海からもっともとおい地点にたつということに

どういう意味があるかよくわからない。

なにが彼らをこのハードな旅にかりたてたのかは

正直なところ最後までピンとこなかった。

しかし、この旅がどれだけ意志のつよさと

きょうじんな体力を必要とする、

本当の意味での冒険だということは、

よみはじめるとすぐにつたわってくる。

(ほんとうにもう、よんでるだけでもつかれはててしまった)。


ふつう長距離のタフな場所を自転車ではしるとき、

マウンテンバイクか、それ用に改良された特殊な自転車をつかう。

そして、どんなことがあってもこまらないように、

じゅうぶんな量の水と食料、テントや炊事道具やらを

山のように自転車につんでのろのろと移動するやり方をとる。

しかし、このふたりは、荷物を極力すくなくすることで

(着ている服や靴もあわせてもひとり8キロで、

その半分は記録用資材。服の着替えはない)

はしる距離をかせぐというスタイルをえらんだ。

自転車はレーシングタイプで、

料理はしないしテントもはらない。

もっていくのは水を1リットルだけ。

いかなる食料も携帯しないというのが基本的な方針だ。

じっさい、途中とおりすがりのひとが食料をくれても、

それを全部その場でたべてしまってから出発するというほど

この信念は徹底している。


このさきどういう状況が自分たちをまっているか、

という情報がほとんどないのに、

ペダルをふみつづけることはどれだけ勇気のいることだろう。

どこまでいったらひとがすんでいるか、

そしてそのひとが食料をわけてくれ、

夜とまらせてくれるか、という保障がまったくないのに

わずかな装備と水1リットルだけで

砂漠や荒野にむけて出発することは

普通の神経でできることではない。

吹雪や砂あらしのなかにこぎだして、

そのたびにへとへとになりながら

なんとかいちにちをやりすごす毎日。

じっさいふたりはなんども偶然にたすけられ、

あぶないところをきりぬけている。

いつもならひとがいない地域なのに、

そのときたまたま家があった、とか、

この家にとまることをことわられたら

吹雪のなかになげだされてしまうときにも

きわめて友好的なひとの出現が彼らをすくった。


しかし、けしてふたりはこの旅を「偶然」に成功させたのではない。

彼らには、機動力をいかして距離をかせげばきっと大丈夫、という

それまでの経験にもとづいた確信があったのだ。

そしてそれはただしかった。

機動力を確保するために、徹底的に荷をかるくする。

たとえば、食料をもたないばかりでなく、

工具に穴をあけたり、地図の角を丸くして、

いらないところをすてたりと、あらゆる手をつくしている。

軽さが彼らの生命線なのだ。

ある程度の装備はどうしても必要だが、

しかし荷をふやせばそれだけスピードがおちて

行程がはかどらないという

パラドックスを調整する微妙なバランス感覚。

毎日の移動はとてつもなく過酷な条件がまっている。

アップダウンがはげしく、舗装がない道もおおい。

ときには高度5000メートルの峠をこえるようなはげしい行程でも、

ふたりはいちにち170~80キロを普通にはしっている

(最高240キロ)。

とにかくつぎの集落にたどりつかなければ

その日の夕ご飯と寝床を確保できないのだ。

そして、食事と睡眠にありつけなければ

そのまま死と直面するきびしい自然環境のもとでのサイクリング。

彼らはギリギリの状況になっても自分たちのちからを信じ、

あくまでもまえにすすもうとする意志のつよさをたもち、

行程の単調さにも、高度にも、むかい風にもまけない

強靱な体力を維持させながら

この旅をやりとげた。


この旅を真の意味で「冒険」とよぶのはそういうところである。

現代の冒険において、危険を回避することはかなりの程度可能だ。

水や食料がないところをとおるのなら、

たっぷり積んでいけばよいし、

むかうところがすごくさむいのであれば

防寒着をたくさんもちこめばよい。

しかし、ふたりは荷をすくなくすることで距離をかせぎ、

そのことで装備の負担をかるくするやり方をえらんだ。

であうひとたちの親切がたより、という

ふたしかな状況に自分たちをおいこんでの、

現代的な手法による現代ならではの冒険とわたしはたかく評価する。

極地などの旅でよくいわれる「冒険」旅行より、

ふたりのこの旅のほうがはるかに冒険的ではないだろうか。

圧倒的・超人的なエネルギーをもって

この冒険をみごとに成功させたふたり

リチャード=クレーンとニクラス=クレーンに

こころからの称賛をおくりたい。

(吉田 淳)