カンジの想い出

渡部家には昔、「カンジ」という猫がいた。


不思議な猫だった。

柄は雉寅。体重は9Kgもあり、感性豊かな猫だった。

アルプスの少女ハイジ」のおじいさんが飼っていたヨーデフのテーマソング

♫デッデデデデデデ~♫

が歩くたびに自然と聞こえてくるような

独特のゆるい雰囲気のある猫だった。


梃の原理を理解していた頭の良い猫だった。


太ってはいたが、俊敏だった。

まるでサモハンキンポーのような猫だった。


優しい家族思いの猫だった。

「この猫はいつも家族の事を心配しているよ。」

とある知人が教えてくれた。


そんな家族の一員であるカンジが3年前に亡くなった。


死因は肺に水が貯まったことによる呼吸不全であった。


苦しかったと思う。よくがんばったと思う。


その状況は僕を含め、家族全員が見守っていた。


いよいよ呼吸が苦しくなり意識が朦朧していた頃のこと。

先生から安楽死についての説明があった。

複雑な心境の中、(早くこの苦しみから解放してあげたい)

の気持ちが勝り、先生のアドバイスを受け入れた。


彼とのお別れの日が1週間後に決まった。


母と妻がいてもたってもいられずに

次の日、カンジに会いに出かけた。


呼吸器をつけたまま、横に寝そべっていたカンジ。

母と妻が「カンジ」とやさしく呼びかけると

突然、目力が宿い母と妻を見つめた。


(待っていたよ。待っていたよ。来てくれてありがとう。)


とつぶやくような表情で母の準備した水を

ぺろぺろとおいしそうに飲み干した。

そして母の目を見つめながらやすらかに亡くなった。

本当に穏やか表情だったらしい。


最後の最後で気力を振り絞って大好きな家族が来る事を信じ

そして待っていたカンジに対して

心から感謝の気持ちを伝えたい。


(カンジ、本当にありがとう。)


今度の土曜日には必ず、カンジの墓参りに

出かけようと思った。 

                      渡部